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服装

そろそろほとぼりも冷めたろうから、例のネタを話題にしてみたいと思う。
バンクーバー五輪・スノーボードハーフパイプ男子の國母選手が謝罪する羽目になった、自身の服装の話である。

今回は服装自体の話に触れるのは少しにしておこう。各々の価値観で賛否が分かれるものだからである。
サヴィルロウでしかお召モノを仕立てないような方から見れば、件の選手はおろか、公式ユニフォーム自体が否定の対象になるであろうし、ダボダボの服を着崩す手法はオールドスクールヒップホップに端を発っする反骨精神の表れであり、これも云わばある文化の象徴であるからだ。

そういった部分に対して賛否を唱えるのも野暮というものであろう。

しかし、選手一人の服装をとらえて、こうも大騒ぎできるのだから日本は本当に平和な国である。
平和の祭典オリンピックに際して、これだけ平和な物議を醸し出した國母選手は、ある意味平和の象徴と呼べるかもしれない。

彼の服装が、着崩しなのか、だらしないモノとされるのか、そしてこれだけ大騒ぎするほどのものだったのかは、私にはわからない。
私の価値観に照らし合わせると、所謂ジャケパンスタイルをあそこまで着崩すのは「ナシ」であるが、これはあくまでも私の価値観によるものである。

そもそも、彼はまだ学生である。そして2度もオリンピックの代表に選ばれているのだから、よほど真摯にスノーボードに打ち込んできたのだろう。
そんな彼が、フォーマル・クラシックな装いが必要な場に何度接してきたのだろうか?
おそらく皆無であろう。彼のみにあらず、普通の学生であればその機会はあまり訪れないだろう。

彼の装いが、反骨精神の表れだったのか、それとも単に無知だったのかは判らない。
前者であるならば、否定するのは野暮であるし、後者であったのならばこれから知っていけばいい話である。無知であることは決して恥すべきことではないからだ。

この問題で、非難されるべき者がいるとしたら、それは日本の大人であり、日本の社会全体であるのではないだろうか?
「子は鏡」である。
反骨の表れだというのであれば、日本社会の本流は彼にとって肯定すべきものではないのかもしれないし、「なんとなく着崩したほうがカッコいいから」というのであれば、彼が模範とすべき大人たちがいないという話だ。

彼を批判した方々がどれだけしっかりとした服装をしているのか見てみたいものである。
私の価値観で言えば、スーツにホワイトソックスを合わせることも、妙に色の濃いワイシャツを合わせることも、変に丈の短い上着でお尻をさらすことも「ナシ」であるが、こういう装いは見渡す限りたくさん見受けられる。

私も含めて、所詮洋装文化に対して理解の浅い形だけの日本人ばかりである。
そんな者が、大舞台を目前に控えた若者の服装一つで上げ足をとって何が楽しいのか。

やはりこの国は平和である。


等々言う私は、近所のコンビニに行く時は、上下スウェットにサンダル履きである。服装について何か言う資格など全く無だ。

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コメント

たいした内容の日記であった。
支持するはんでの。

スーパーさ行ぐ時だば、
ジャージ上下さツッカゲ。

百貨店さだば、その恰好ででば行げねの。

投稿: 桃爺 | 2010年2月21日 (日) 00時09分

桃様、たいしたことない奴の御大層な妄言にお付き合いいただきありがとうございます。

今日は津軽弁バージョンですね。
ツッカゲって標準語圏の方々に通じるでしょうか?


ツッカゲ=サンダルの事ですよぉ>標準語圏の方々

投稿: 虎徹 | 2010年2月21日 (日) 01時44分

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