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自己嫌悪

20101030_00

今日は、次女の学習発表会があった。

私が小学生の頃は学芸会と呼ばれていたモノであるが、今時は学習発表会と呼称するらしい。
いつ頃から、どういった経緯でそう呼ばれるようになったのかは知らないが、多分「芸」という文字が勘に触った方がいたのだろう。

まあ、どうでもいいことだ。

子供の成長した姿を実感させられる、微笑ましい行事のはずであるが、こういった学校行事に行くたびに、私は憤りを感じさせられてしまう。

まずは、学校まで自家用車でやってくる保護者である。
確か事前の通知においては、自家用車による来学をご遠慮願う旨記載されていたはずである。
なのに学校の敷地内は車で一杯だ。
「遠慮願う」とは、要はやめてくださいということである。決して、それでも良いと表現しているわけではないのだ。
それを、どうも、「まぁ車で来てもいいけど、出来れば遠慮してほしい」くらいに解釈しているようなのだ。
さらには、学校敷地内に停められなかった輩が、近隣の公共施設駐車場や商業施設の駐車場、そして道路に車を停めている。
例外的に、体の不自由な父兄や何かしらの事情で学区外の遠い場所に住んでいる家庭等もあるだろう。
しかし、そういった例外があれだけの数に上るとは到底考えられない。
基本的に、ほとんどの家庭の生活拠点は、学区の中にあるはずなのだ。遠くてもせいぜい歩いて15分~20分の距離だろう。
その距離を歩くのに支障のある生徒の祖父母がいるというなら、父兄が一度車で送り届けて、また自宅に戻り歩いてくればいい。
遠くから親戚が見に来るというのであれば、その親戚の車を父兄の自宅に停めればいい。
聞き及ぶ限りの、自家用車による来学理由はどれもころも自己都合だ。

自己都合による、彼らの行動により、本当に自家用車で来る必要のある方々が、車を停めることが出来なかったり、一斉に車が移動することで周辺住民に迷惑をかけたりということを想像できないのだろうか?

度し難い光景だ。

本日の憤り二つ目は、観覧の際のマナーである。
ある学年の発表が終わったときのことだ。生徒たちの退場の列に大人が混じって会場を出て行く姿を見かけた。
きっと目当ての発表が終わったから、もう帰るということなのだろう。
それは構わない。
しかし、発表の終わった生徒たちの退場を見届けてから、出て行くべきであろう。
だが、そんな私の価値観をよそに、退場する生徒を押しのけその列に割り込み、我先にと出て行こうとする輩がいるのである。
見苦しい。日常生活でも見苦しい光景だ。
しかも、子供たちの目の前で、大の大人がそのような行動をとるのだ。
それを見て、子供たちが何を思うのか?せめて反面教師として捉えてくれることを祈るしかない。

ちっぽけが服を着てあるいているような私は、常にちっちゃいことに違和感を感じてしまうのだが、今回例に挙げたことは、全て自己都合を優先させた事に基づくモノばかりで、個々の価値観がどうとか、子供の発表会なのだから細かいことに目くじらを立てるなとか、そういった話とはまた別問題である。
子供の行事だからこそ、大人が率先して規律を示すべきであるのだ。我々大人の行動ひとつが子供たちの学習材料であることを自覚すべきである。

・・・等と偉そうな事を考えていた私の目の前で、孫の様子を見に来ていた妻の父母が、学校敷地内に停めた車で帰っていった。
結局、思うだけで波風を立てられない小心者の私は、そんな彼らを咎めることも出来ず、子供たちにそっと耳打ちするだけである。

「本当はダメなんだからね。おじいちゃんに言わなくてもいいけど。」

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